松田のマヨネーズ
ふと、鏡にうつる自分の顔に何か足りないことに気が付いてしまった。
数年ぶりにマスカラを睫毛に乗せてみた。
鏡の中には懐かしい顔があった。
この数年間の内に激しく風貌が変わってしまい、いつからか鏡の中に映る人間が自分で誰だか認識できなくなっていた。これは本人にとっては恐怖である。なのでいつからか鏡を見れなくなっていた。毎日、顔を洗った後、最低限の身だしなみを整えるために、そっと鏡をのぞき、整え、それが終わると、そっと目を逸らしていた。キレイになりたいなんか思わなかった。清潔であればよしと思っていた。
そんな毎日の中で、鏡の中にうつる人の顔にふと知っているものに出会った。その顔は大学生の頃の自分の面影を模していた。思わず心の中で、「あっ」と叫んでしまった。
その面影が懐かしくて愛おしくて、どうしたらその面影を長く自分の中に留めることができるのだろうと模索するうちに、マスカラを睫毛に乗せることを思いついた。大学生の自分はマスカラを日常的に睫毛に載せていた。
奇跡的に人から貰ったマスカラが、激しく乾いた状態ではあったが、メイク道具のカゴに残っていた。
マスカラを睫毛に乗せた女は、紛れもなく懐かしい自分だった。
嬉しかった。
あまりに嬉しくて、ホットサンドを食べて1人でお祝いした。
シェリュイで偶然手に入れることができたパンの耳に、ラフに千切ってレンジであたためたキャベツに松田のマヨネーズを和えた具を乗せて三角に折り曲げたホットサンド。それを、お腹がいっぱいになるまでゆっくり食べた。それは素敵な晩餐だった。
これは大学生のころの私の好物だ。食パンは、ミミが美味しい。ミミが好きなんだ。当時は松田じゃなくてキューピーマヨネーズだったけどね。
これからの毎日が少しでも穏やかに続けばいな。少しばかりのマスカラを睫毛にのせたり、ホットサンドなんか頬張ったりしたりなんかしてね。
特別じゃなくていいんだ。静かに毎日が過ぎればいい。少しずつ色を無くした世界にひとつずつ色が戻ればいいな。